2026/4/20
なぜ、あなたは「治りにくい」のか
― 適応障害・複雑性PTSD・発達性トラウマ症の違いと、回復の道筋
「ずっとカウンセリングに通っているのに、根本的には何も変わらない気がする」
「薬を飲んでいれば少し楽になるけれど、やめるとまた元に戻る」
「何度も同じことを繰り返してしまう自分が、どうしても変わらない」
こうした体験をお持ちの方は、少なくないと思います。「治りにくさ」には、理由があります。それは意志の弱さでも、努力が足りないからでもありません。
「自分に何が起きているか」の理解が、実際の状態と合っていない可能性があります。このブログでは、DSO(自己組織化の障害)という概念を中心に、なぜ治りにくいのか、そしてどのように回復していけるのかをお伝えします。
「複雑性PTSD」という言葉が、2018年にWHOの国際疾病分類(ICD-11)に正式採用されたことをご存知でしょうか。実はこの概念、最初に提唱されたのは1992年のことです。アメリカの精神科医ジュディス・ハーマン(Judith Herman)が、著書『心的外傷と回復』の中で、繰り返された長期的なトラウマ体験がもたらす「複雑な後遺症」を初めて体系的に論じました。
著書『心的外傷と回復』(みすず書房)にて発表
「存在するが、公式には認められない」状態が続く
ようやく国際的な診断概念として認められる
26年間――それだけの時間、複雑性PTSDを抱える人々は「診断名のない苦しさ」の中にいました。「うつ」「不安障害」「パーソナリティ障害」という診断を重ね、根本的な問題に届かない治療を続けてきた方が少なくありません。
ハーマンはこの概念提唱の中で、長期反復トラウマが感情・自己認識・対人関係という「自己の土台」に及ぼす影響を詳細に記述しました。それが今日のDSO(自己組織化の障害)概念の礎となっています。
なぜ、同じような困難を経験した人でも、回復の難しさが異なるのでしょうか。その理解に欠かせないのが、ACEs(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児期体験)という概念です。
ACEsは1990年代にアメリカで行われた大規模研究(17,000人以上を対象)から生まれた概念です。幼少期に経験した逆境的体験の「種類と数」が、その後の心身の健康に深く影響することが明らかになりました。
研究が示したのは、ACEsの項目数(スコア)が増えるにつれて、うつ・依存・慢性疾患・自殺リスクなど、さまざまな健康問題のリスクが急激に高まるということです。
ACEsスコアが4以上の場合(0点との比較)
(Felitti et al., 1998 ACE Study;杉山登志郎, 2026 より)
重要なのは、これらが「個人の弱さ」によるものではなく、「体験の積み重ねによる脳と身体への影響」であるという理解です。杉山登志郎先生が繰り返し強調するように、トラウマは「心の問題」ではなく「脳の器質的変化を伴う傷」です。
ACEsが示す「幼少期の逆境体験の積み重ね」は、発達性トラウマ症の形成と直接つながります。そしてその積み重ねが「自己の土台」に及ぼした影響こそが、DSOとして現れます。
「ACEsスコアが高い」ということは、それだけ多くの体験が自己の土台に影響を及ぼしてきたということです。「治りにくさ」の深さは、あなたの努力の問題ではなく、積み重ねられてきた体験の重さを反映しています。
前回のブログ「隠された生きづらさ、開かれた道」では複雑性PTSDの概要をお伝えしました。ここでは適応障害・複雑性PTSD・発達性トラウマ症の違いを、ACEsとDSOの視点を加えてより明確に整理します。
特定のストレス因への反応として生じる状態。ストレス因が取り除かれれば6ヶ月以内に症状が改善するとされています。ACEsスコアが低く、DSOが形成されていない場合、適応障害は適切な支援で回復しやすい状態です。
1992年にハーマンが提唱し、2018年にICD-11に正式採用された概念。反復・長期にわたる対人間のトラウマ体験によって、感情・自己認識・対人関係という「自己の土台」そのものが変容した状態です。DSOが中核的な特徴として現れます。
ACEsスコアが高い幼少期を過ごすことで、発達そのものに影響が及んだ状態。杉山登志郎先生が日本で積極的に臨床導入してきた概念で、同じ傷つきが発達段階によって異なる診断名として現れる「異型連続性」が特徴です。
「治りにくさ」は深さの問題です。
適応障害は「状況への反応」。複雑性PTSDは「自己の構造的変容」。発達性トラウマ症は「発達そのものへの影響」。どの状態かによって、必要な支援も回復の道筋も異なります。
発達性トラウマ症の最も重要な特徴が「異型連続性」です。同じ根本的な傷つきが、発達段階によって異なる診断名として現れます。
| 発達段階 | 現れ方 |
|---|---|
| 幼児期・学童期 | 発達障害に似た症状、行動の問題、解離 |
| 青年期 | 感情・対人関係の極端な不安定さ(BPD様) |
| 成人期 | 複雑性PTSD・解離性障害・うつ・依存 |
同じ根本的な傷つきが、発達段階によって異なる診断名として現れ、最終的に複雑性PTSDという形に至る――この「終着駅」という視点は、「なぜ何度も診断が変わるのか」「なぜ治りにくいのか」という疑問への、一つの明確な答えです。
BPDの感情爆発・見捨てられ恐怖・対人関係の不安定さは、「性格の病理」ではなく、高いACEsスコアを持つ幼少期からの傷つき体験が発達に影響を及ぼした「後遺症」として理解できます。
| 適応障害 | 複雑性PTSD | 発達性トラウマ症 | |
|---|---|---|---|
| ACEsとの関連 | 低〜中 | 中〜高 | 高(幼少期から) |
| 影響の範囲 | 状況への反応 | 自己の構造的変容 | 発達そのものへの影響 |
| DSOの形成 | なし〜軽微 | 中〜高 | 高〜重篤 |
| ストレス除去後 | 回復できる | 症状が持続する | 根本的な変容が残る |
複雑性PTSDと発達性トラウマ症に共通して現れる「治りにくさ」の中心にあるのが、DSO(Disturbances in Self-Organization:自己組織化の障害)です。ハーマンが1992年に記述し、ICD-11が2018年に正式に定義したこの概念は、3つの領域からなります。
国立精神・神経医療研究センターの丹羽まどか・金吉晴両氏によるICD-11の解説では、DSOについて次のように記述されています。
「広範囲に及ぶ持続的な症状」――この言葉がDSOの「治りにくさ」の本質を示しています。一時的な反応ではなく、自己の構造そのものに及んだ変容だからこそ、状況が変わっても薬で症状を和らげても、根本が変わらないのです。
「ちょっとしたことで感情が爆発する」
「自分でも止められない怒りや悲しみが来る」
「逆に、何も感じられない時間が長く続く」
「自分のことなのに、どこか他人事のように感じる」
引き金が「出来事の大きさと不釣り合い」であることが特徴です。これはACEsによって脳の扁桃体(感情の警報装置)が過剰に反応するように変化したことと深く関係しています。感情は言葉より先に身体に現れます――胸の締め付け、呼吸の浅さ、手足の震えとして。
「自分はもともとおかしい」
「自分には価値がない」
「存在していてはいけない気がする」
「良いことがあっても、どうせ自分には続かない」
「状況が悪いから今うまくできていない」という状況依存的な自己評価とは根本的に異なります。「自分はもともとこういう人間だ」という感覚――状況が変わっても消えない、何年治療を続けても変わらない「治りにくさ」の核心がここにあります。これは事実ではなく、ACEsによって形成された「信念」です。
「近づくと突然怖くなって距離を置いてしまう」
「人に頼ることがどうしてもできない」
「どこに行っても、また同じパターンになってしまう」
「一緒にいると疲れるのに、一人でいると孤独で苦しい」
安全な愛着関係が育まれなかった体験(ACEs)が、「関係そのものへの構造的困難」を形成しています。無意識が「安全を守ろうとして」、「近づくな」「信頼するな」というサインを出し続けている――それが対人関係の障害として現れています。
感情が調節できないから自己を否定する。自己を否定するから人と距離を置く。孤立するからまた感情が乱れる――この連鎖が「治りにくさ」を作り出しています。
DSOは、意志の弱さでも性格の問題でもありません。
ACEsによって脳と身体に刻まれた、生き延びるための適応の結果です。だからこそ、「気持ちの持ちよう」では届かない層があります。そしてだからこそ、適切なアプローチで変えることができます。
「治りにくい」とされてきたDSOにも、回復の道筋があります。その道筋の最初にあるのが、自分自身を落ち着かせる力――セルフコントロールの習得です。前回のブログでご紹介した「リラクゼーション」は、単なるリラックス法ではありません。脳と神経系を整え、DSOへのアプローチを可能にするための「土台」です。
最初のステップは「自分で自分を落ち着かせられる」という感覚を育てることです。この力がなければ、どんな深い作業も安全に進めることができません。
セルフコントロールが身についてきたら、感情・自己概念・対人関係という3つの領域に対して専門的にアプローチします。TSプロトコール・自我状態療法・NETなどを組み合わせます。
自己の土台が安定してきたところで、トラウマ記憶そのものへのアプローチが可能になります。「過去の出来事を今ここから見る」感覚が育ってきた段階です。
処理が進むにつれ、自己の物語を書き直す作業が自然に始まります。「自分はこういう体験をしてきた。そして今、ここにいる」という統合が、回復の仕上げです。
回復はこの順番を行ったり来たりします。
「また戻った」ではなく「螺旋状に深まっている」
――そのイメージで歩んでいくことが大切です。
セルフコントロールとは、「感情を抑える」ことではありません。「感情が来ても、自分が飲み込まれずにいられる」力のことです。DSOの感情調節障害に対して、これが最初の、そして最も重要な変化の入口になります。
感情は身体に先に現れます。「今、胸がどんな感じか」「肩に力が入っていないか」「呼吸は浅くなっていないか」――言葉にする前の身体の感覚に、少しずつ気づけるようになることが最初の一歩です。気づくだけで、少し距離が生まれます。
興奮した神経系に「今は安全だ」と伝える最も簡単な方法が、呼吸です。息を吐く時間を吸う時間より長くする(例:4秒吸って6〜8秒吐く)――これだけで副交感神経が活性化し、感情の嵐が少し静まります。
感情の嵐が来たとき、過去のトラウマではなく「今ここ」に戻る錨を持つ技法です。足の裏が床についている感覚、周囲の5つの色を探す、手で何かを触る――身体感覚を通じて現在に戻ることで、フラッシュバックや解離を防ぎます。
「なんとなく苦しい」を「これは怒りかもしれない」「これは悲しみに近い」と言葉にすることで、飲み込まれる感覚が薄れます。そして「この波は必ず引く」という体験を積み重ねることで、感情に振り回されない自信が少しずつ育ちます。
より深い神経系の調整として、自律訓練法や漸進的筋弛緩法を習得します。これらは「自分で自分を落ち着かせられる」という体験を身体レベルで積み重ねる技法です。継続的な練習によって、セルフコントロールの土台が強化されます。
セルフコントロールは「感情をなくすこと」ではありません。
「感情が来ても、自分がここにいられること」――
この感覚が育つことで、はじめてより深い回復の作業が可能になります。
セルフコントロールが身についてきたら、感情調節障害のより深い層へのアプローチが可能になります。
「どんな状況で」「どんな感情が」「どれくらいの強さで」来るかを、少し距離を置いて観察できるようになります。これは自己批判ではなく「自己観察」です。パターンが見えると、次の波に備えられるようになります。
前回ブログでご紹介したTSプロトコールは、感情調節障害の根底にある「身体に残ったトラウマ反応」に直接アプローチします。詳しく語る必要なく、身体への左右交互刺激と呼吸でトラウマを安全に処理します。
「自分はもともとおかしい」という感覚は、ACEsによって形成された「信念」です。完全に信じなくていい――「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」から始めます。
「自分はダメだ」という感覚は、どのような体験の中で生まれたか。ACEsの視点からその文脈を理解することで、「私がダメなのではなく、あの環境がそう感じさせた」という理解が少しずつ生まれます。
高いACEsスコアを持ちながらも、ここまで生き延びてきた――それ自体があなたの力の証拠です。当オフィスでは、クライエントがこれまでの体験の中で作り上げてきた「独自の力と文化」を発見することを大切にしています。
「自分はもともとおかしい」から「自分はこういう体験をしてきた人間だ」へ――この転換は、自己否定から自己理解への変化です。小さな成功体験・安全な関係・身体的な安定感が積み重なって、新しい自己感覚が育ちます。
カウンセラーとの関係の中で「この関係では傷つかない」という体験を積み重ねます。ACEsによって「関係は危険だ」と学習した神経系に、「安全な関係も存在する」という新しい体験を刻み込んでいきます。
「近づくと怖くなる」パターンがいつ、どんな文脈で起きるかを観察します。そのパターンが「かつてのACEsへの適応として生まれた」ことを理解することで、自己批判ではなく理解の眼差しで自分を見られるようになります。
前回ブログでご紹介した自我状態療法は、対人関係障害へのアプローチとしても有効です。「人を怖れる自分」「助けを求めたい自分」「距離を置く自分」――それぞれの自我状態が対話し、協力できるようになることで、対人関係のパターンが変わります。
治療関係で育まれた「安全な関係の体験」を、日常に少しずつ広げていきます。完璧を目指す必要はありません。「前より少し、人と一緒にいられた」という小さな体験の積み重ねが、パターンを少しずつ書き換えていきます。
DSO①②③の回復は、バラバラに進むのではありません。
感情が少し落ち着くと、自己を否定する声が小さくなる。自己否定が緩むと、人と少し近づけるようになる。この連鎖が、回復の手応えとして感じられていきます。
回復は、専門家だけが進めるものではありません。自分が主体となって、医師やカウンセラーと連携しながら進めていくプロセスです。
このブログを読んで「これは自分のことかもしれない」と感じた方がいれば、それ自体がすでに重要な一歩です。自分の状態に言葉を与えること――それだけで、不思議と少し楽になることがあります。
投薬による症状の管理と、心理的な支援は車の両輪です。医師には脳・身体の状態を、カウンセラーには心の構造を――それぞれの専門性を活かしながら、あなた自身が中心となって回復を進めることができます。「DSOについて理解したい」「ACEsと自分の状態の関係を知りたい」と伝えることが、より的確な支援につながります。
回復とは、「症状をゼロにすること」ではありません。ACEsによって失われてしまった「自分らしさ」を取り戻すことです。あなたはこれまでの体験の中で、さまざまな困難を乗り越え、自分なりのやり方を作り上げてきました。その力を「今の自分のために使える」ようになることが、回復です。
回復は直線的ではありません。良い日も悪い日もある。
それでも、少しずつ「自分の土台」が育っていく――そのプロセスを、私たちは一緒に歩みたいと思っています。
複雑性PTSDが正式に認められるまで26年かかりました。ACEsという概念が確立されたのもここ30年のことです。「治りにくさ」の正体が科学的に解明されてきたのは、ごく最近のことです。
あなたが「治りにくかった」のは、あなたのせいではありません。そしてDSOは、変えることができます。セルフコントロールの習得から始まり、感情・自己概念・対人関係という土台を少しずつ整えていく――その道筋が今、確かに存在します。
トラウマを抱えた状態では、今この瞬間に留まることが難しくなります。意識は自動的に過去へ飛ぶ――あの頃の記憶が、今ここで起きているように感じられる。あるいは未来へ飛ぶ――「また同じことになるのではないか」という予期不安が、現在を覆い尽くす。
これは意志の弱さではありません。トラウマを生き延びるために、脳が発達させた「予測する力」です。危険を先読みし、過去から学ぶことは、かつての環境では命を守るために必要な能力でした。しかし現代の日常の中では、その同じ力が「今ここにいること」を薄めてしまっています。
過去は、今ここから振り返るものになる。未来は、今ここから意志を持って思い描くものになる。過去にも未来にも、自律的に、自分のペースで思いを馳せることができる。そのバランスが、少しずつ戻ってくる。
そのとき、日常のひとつひとつが変わります。努力することの手応えが感じられるようになる。行動することの意味が、今ここで実感できるようになる。辛さや困難も、「今の自分が乗り越えていること」として受け取れるようになる。
回復とは、今をより良く生きる力を取り戻すことです。
そしてその力は、あなたの中にすでにあります。DSOからの回復は、それを再び使えるようにする作業です。
二子玉川心理ケースワークオフィスでは、複雑性PTSD・発達性トラウマ症・DSO(自己組織化の障害)に対応した専門的なカウンセリングを行っています。
「自分の状態をもう少し理解したい」「なぜ治りにくいのかを一緒に考えたい」と感じた方は、どうぞお気軽にご連絡ください。
適応障害と診断されているが変化を感じられない方も、ご相談ください。
まず話すだけでも構いません。
以前当オフィスに通われたことのある方も、改めてお声がけください。
――以前と何が違うのか、なぜ届かなかったのか、回復の順番を一緒に確認するところから始めることができます。
※本ブログは一般的な情報提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。