2026/3/3
親密なパートナーからの暴力(IPV)を「可視化」し、
回復と支援への道筋をつけるための科学的アプローチ
「なんとなく、つらい」「でも、これくらい普通かもしれない」「自分が我慢すればいいだけ」
パートナーとの関係の中で、こんなふうに感じたことはありませんか? あるいは、身近な方が――ご家族が、友人が――パートナーとの間で苦しんでいるように見えるのに、どう声をかけたらいいかわからない、そんな経験はないでしょうか。
言葉にならない違和感、説明しにくい苦しさ――それは決して「気のせい」ではないかもしれません。 親密なパートナーからの暴力(IPV)は、殴る・蹴るといった身体的暴力だけではありません。 日常の中に静かに浸透する精神的・心理的暴力は、目に見えにくく、本人でさえ「暴力」と認識できないことが少なくないのです。
今回ご紹介するDS-IPV(親密なパートナーからの暴力被害者発見尺度)は、その「見えない暴力」を可視化し、具体的な支援への道筋を示してくれるツールです。 沖縄大学名誉教授の新城正紀先生が、10年以上にわたる研究の末に開発されました。
IPVとは「Intimate Partner Violence」の略で、親密なパートナー間で起こる暴力のことを指します。 日本では「DV(ドメスティック・バイオレンス)」という言葉がよく知られていますが、DVが家庭内暴力全般を指すのに対して、IPVは配偶者や恋人など、性的な親密さを伴うパートナー間の暴力に焦点を当てた国際的な概念です。
IPVの本質は「力と支配(Power and Control)」の関係性にあります。
身体的暴力、精神的暴力、性的暴力、経済的暴力――これらはすべて、パートナーを支配しコントロールするための手段です。 そして最も見えにくく、最も多くの方が経験しているのが、精神的・心理的暴力です。
これらの数字が示すのは、IPVが女性だけの問題ではなく、性別を問わず、誰の身近にも存在しうる問題だということです。 さらに深刻なのは、IPVにはエスカレートする特徴があること。最初は小さな違和感でも、いつの間にか日常を支配する力になっていくのです。
IPVが心身にもたらす影響は甚大です。うつ、PTSD、慢性的な身体症状、自尊感情の低下、そして自殺念慮――研究では、IPV被害を受けた方はそうでない方に比べて、これらのリスクが有意に高いことが明らかになっています。 身近な方から見ると、「最近元気がない」「笑わなくなった」「急に怒りっぽくなった」といった変化として現れることがあります。
ご本人にとって、パートナーとの関係の中で起きていることを「暴力」として認識するのは、実はとても難しいことです。「愛情の裏返しかもしれない」「自分にも原因がある」「他の家庭もこんなものだろう」――そうした思いが、状況を直視することを妨げます。
ご家族や知人の方にとっても、関係の内側で何が起きているかは見えにくいものです。精神的暴力は外傷が残らないため、「あの人はいいパートナーだよ」「仲良さそうに見えるけど」という印象と、本人が感じている現実とが大きく異なることがあるのです。
だからこそ、「見えない暴力」を客観的に把握できるツールが必要でした。
それがDS-IPVです。
DS-IPV(Detection Scale for Intimate Partner Violence:親密なパートナーからの暴力被害者発見尺度)は、新城正紀先生が2014年から開発に取り組み、科学的検証を重ねてきた心理尺度です。
22の質問項目に答えていくだけで、パートナーとの関係性の中にある暴力が数値として「見える化」されます。 言葉にしにくい体験も、質問項目として示されることで「これが起きていたんだ」と気づくきっかけになります。
DS-IPVは、IPVを構成する4つの因子から設計されています。 どのような性質の問題が、どの程度存在するかを把握できるため、結果をもとに「次にどうすればいいか」が見えてくる構造になっています。
特に注目していただきたいのは、第4因子「日常的に抱く感情」です。 これは相手の行動ではなく、ご自身の感覚を問うものです。 「相手のきげんをうかがってばかりいる」「自分は力がないと感じる」――こうした感覚は、日常に溶け込みすぎて「問題」として認識されにくいものです。 しかし、この感覚こそが、関係性の中に潜むIPVのサインなのです。
評価方法:22の質問項目それぞれに「ほとんどない(1点)」~「ほとんどいつもある(4点)」で回答し、合計得点を算出します。合計28点以上がカットオフ値(IPVありと評価される基準点)です。
答えに迷った場合は、最も近いと思うものを選択してください。回答の途中で辞退することもできます。
DS-IPVは、「暴力があるか・ないか」を判定するだけのテストではありません。 この尺度が本当に優れているのは、結果をもとに「あなたの状況に合った支援」が具体的に見えてくることです。
たとえば、「不安喚起的要因」の得点が高い場合は、まず安心できる場所と関係を確保することが大切です。「行動制御・抑制」が顕著な場合は、孤立した状況を少しずつ開いていくサポートが重要になります。「威圧・脅し」の得点が高い場合は、何よりもまず安全の確保が最優先です。
このように、DS-IPVの結果は「あなたにはこういう困難があり、こういう支援が助けになります」という具体的な道筋を示してくれます。 漠然とした不安を抱えてきた方にとって、「次にどうすればいいか」が見えることは、それだけで大きな安心につながるのです。
DS-IPVは単なる「測定ツール」ではありません。 新城先生がこの尺度に込めた願いは、「ご本人の体験を尊重し、自分の状況を自分で理解できるよう支える」ということです。
IPVについて誰かに相談したとき、善意からの言葉であっても、かえって傷ついた経験はないでしょうか。 あるいは、身近な方を心配して声をかけたいけれど、何を言えばいいかわからないと感じたことはないでしょうか。
基本にあるのは、「判断を押しつけず、あなたの体験を認める」ということ。
相談の場での役割は、あなたに答えを与えることではありません。あなたが自分の状況を理解し、自分自身の選択肢を持てるよう、一緒に考えることです。
DS-IPVの結果を受け取ることは、ゴールではなくスタートです。 ここからどのように回復に向かっていくのか――その流れをお伝えします。
22の質問に答える中で、「これが起きていたのか」と振り返ることができます。言葉にできなかった体験に、形が与えられる瞬間です。
数値として結果を見ることで、漠然とした「なんとなくつらい」が客観的な事実として意識されます。「自分が弱いから」ではなく、「この関係性の中に問題がある」と理解できることが、回復の出発点です。
結果を手がかりにしながら、自分の体験を自分の言葉で語っていきます。「何が起きていたか」を言葉にできるようになることで、混乱が整理され、次の行動を考える力が生まれます。
DS-IPVの4因子の得点パターンから、あなたの状況に合った支援の方向性が具体的に見えてきます。安全の確保、孤立からの回復、心理的なケア――何が今もっとも必要かを、専門家と一緒に考えることができます。
DS-IPVが照らし出す「力と支配の構造」は、パートナー間の暴力だけに限られません。 学校でのいじめ、職場でのパワーハラスメント、親子間の支配的な関係―― これらに共通するのは、自分が置かれている状況を「問題」として認識できず、一人で抱え込んでしまうことです。
「問題を意識化し、言語化すること」――これが、あらゆる対人暴力からの回復の第一歩です。 自分の体験が「見える化」され、「これは自分のせいではない」と気づいたとき、解決への道が開かれていきます。
IPVやいじめ、ハラスメントが長期にわたって繰り返されると、心身に深い影響が残ることがあります。 「関係を離れたのに、なぜかまだつらい」「人間関係がうまくいかない」「感情のコントロールが難しい」――そうした状態は、複雑性PTSDの可能性があります。
前回のブログ「隠された生きづらさ、開かれた道」でご紹介した通り、 複雑性PTSDのケアには、ナラティブ・エクスポージャー・セラピー(NET)、TSプロトコール、自我状態療法、リラクゼーション法など、お一人お一人に合わせた統合的アプローチが有効です。
DS-IPVで問題を「見える化」し、状況を理解する。そして、トラウマとして心身に残った影響に対しては、専門的なアプローチで回復を支える。この2つは、車の両輪のような関係にあります。
まず「気づく」こと。それが、すべてのはじまりです。
もし今、パートナーとの関係で「なんとなくつらい」と感じているなら―― あるいは、身近な方のことが心配なら―― その気持ちを大切にしてください。
当オフィスでは、DS-IPVを活用したアセスメントと、 お一人お一人の状況に合わせた支援を提供しています。 まずはお気軽にご相談ください。あなたのペースで、大丈夫です。
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