2026/8/5

ニュースが古い傷に触れるとき

まず、実際に被災された方へ

今、あなたが感じている不安や、眠れなさ、落ち着かなさは、古い記憶が疼いているのではありません。今なお続く危険に対する、まっとうな反応です。ご自身と、ご家族の安全を、何よりも優先してください。

現地では、災害派遣精神医療チーム、DPATが活動しています。精神科医師、看護師、業務調整員によるチームで、被災地のニーズに応じて公認心理師・精神保健福祉士・保健師・薬剤師なども加わって構成されます。避難所を巡回しながら、気分の落ち込みや、眠れない、食欲がない、といった被災者のこころのケアを行い、被災者本人だけでなく、支援にあたる自治体職員や救急隊員のメンタルケアも担当します。ビブスや腕章に「DPAT」と記されているので、見かけたら、遠慮なく声をかけてください。必要であれば、その場で薬の処方についても相談できます。

🏥 体調のこと ―― DMAT・JMAT
💙 気分の落ち込み・眠れないこと ―― DPAT
🏠 生活面の困りごと ―― DWAT

どのチームに声をかければよいか分からないときは、まず近くにいる人に聞いてみてください。適切なチームに繋いでもらえます。ひとりで抱え込む必要は、まったくありません。

ここから先は、直接の被災地から離れた場所で、今回の報道に触れて心がざわついている方に向けて書いています。

ニュースを見ていて、なぜか涙が出る。夜、眠れない。理由もなく落ち着かず、そわそわする。そして、そんな自分に戸惑う。当事者でもないのに、どうしてこんなに動揺しているのだろう、と。

今そのようなご状態の方に向けて書きました。

そして、今回はその時に内側で起きていることに焦点をあてました。

Chapter 1それは、おかしなことではありません

あなたの反応は、異常なものではありません。

私たちの心は、出来事を名前で覚えているわけではないようです。「地震」「事故」「あの人との別れ」といった見出しではなく、そのとき感じた手触りのほうを、深いところに残しています。

突然だったこと。何もできなかったこと。安全だと思っていた場所が、安全ではなくなったこと。

この手触りが、記憶を結びつけます。

だから、画面の向こうの出来事と、あなたの過去とに、事実としての共通点がまるでなくても——起きた場所も、時期も、内容も、何ひとつ重ならなくても——心のほうは同じ手触りを嗅ぎ取って、古い記憶に触れてしまう。

あなたが動揺しているのは、
弱いからでも、大げさだからでもありません。
心が、以前の何かを思い出しているのです。

厄介なのは、当のご本人に、その理由が分からないことです。わけの分からないまま涙だけが出る。眠れない。集中が続かない。急に胸がざわつく。人によっては、頭より先に体のほうに出ます。

理由が分からないと、人は自分を責めはじめます。それが、いっそう苦しみを深くします。

Chapter 2画面から、疲れが入ってくる

直接その場にいなくても、映像や情報に繰り返し触れているうちに、心は消耗します。大きな災害や事件のあと、報道に長く接した人ほど、その後のストレス反応が強く出やすい。そうした報告が、いくつも出ています。

手元の画面は、とりわけ厄介です。テレビと違って、終わりがありません。指を動かせば、次が出てくる。心配だから見る。見るから落ち着かない。落ち着かないから、また見る。

気がつくと、何時間も経っています。

意志の弱さではありません。危険を察知する働きが、正常に作動しているだけです。ただ、その働きは、画面の向こうの危険と、自分の身に迫る危険とを、うまく見分けられません。

Chapter 3「自分には、その資格がない」という声

こういうとき、多くの方が、こう思います。

本当に大変な人が、いるのに。
自分は何も失っていないのに。
こんなことで動揺するなんて、失礼だ。

その気持ちは、他人への想像力から出てきたものです。だから、否定はしません。

ただ、ひとつだけ。

苦しみは、比べるものではありません。

誰かの痛みが大きいことは、あなたの痛みが小さいことの証明になりません。別々の話です。他人の苦しみを思うことと、自分の状態を認めることは、同時にできます。

それに、自分の消耗を無視し続ければ、いずれ、誰かを気づかう力そのものが底をつきます。

自分を後回しにすることは、
誰かへの誠実さでは、ありません。

動揺していい。休んでいい。しんどいと言っていい。そこに、資格はいりません。

Chapter 4距離の取り方

まず、ニュースを見る時間を、あらかじめ区切ってください。一日に何度も速報を追いかけることは、心を守る行動になりません。知っておくべきことは、一日に一度、決まった時間に確認すれば足ります。

そのうえで、体のほうから整える方法があります。厚生労働省の「統合医療」情報発信サイトでは、ストレス反応とは逆の状態——呼吸がゆっくりになり、心拍が落ち着く反応——を体にもたらすものとして、いくつかのリラクゼーション法が紹介されています。中でも、次の三つは取り組みやすいものです。

腹式呼吸

横隔膜を使った、ゆっくりとした深い呼吸に意識を向ける方法です。ストレスの軽減に役立つ可能性を示す研究が報告されています。特別な道具も場所も要りません。

漸進的筋弛緩法

体のいろいろな部分の筋肉を、一度ぎゅっと緊張させてから、ゆるめていく方法です。不安をやわらげる効果を示す研究があります。緊張しているという自覚がない方ほど、ゆるんだときの違いに驚くことがあります。

自律訓練法

体がリラックスしている状態を、心の中で順に思い描いていく、一連の練習です。頭痛や不安に対する報告があります。慣れるまでに少し時間がかかりますが、身につけば、どこでも使えます。

やり方の手順は、以前まとめた「セルフ・リラクゼーション 実践編」に詳しく書いています。あわせてご覧ください。

参考:厚生労働省eJIM「リラクゼーション法」
https://www.ejim.mhlw.go.jp/public/overseas/c02/11.html

💡
ただし、注意していただきたいことがあります 同じ資料の中に、見過ごせない記載があります。虐待やトラウマの経験がある方の場合、こうした方法によって、かえって症状が強まることがある、という報告です。多くの方には安全な方法ですが、強い記憶を抱えている方は、はじめは短い時間から、できれば信頼できる人のそばで試してみてください。うまくいかなくても、あなたのやり方が悪いわけではありません。合わないと感じたら、やめて構いません。

今の状態を、誰かに話してみてください。解決してもらう必要はありません。「なんだか落ち着かない」と口に出すだけで、輪郭が生まれます。ひとりで抱えているかぎり、それは得体の知れないざわつきのままです。

おわりに

心が古い記憶に触れているとき、それは、あなたの中にまだ手当てされていない何かが残っている、というしるしでもあります。

今すぐ向き合う必要はありません。今は、目の前の生活をいつも通りに続けることのほうが、ずっと大切です。

ただ、ざわつきが長く続くようなら。あるいは、これまでにも似たことが何度もあったなら。そのときは、一度、誰かと一緒に見てみてもいいかもしれません。

どうか、収まるまでのご自分を、急かさないでください。

🕊️
眠れない日が続くときは 眠れない、食べられない、生活が回らない、という状態が二週間以上続く場合は、我慢せず、かかりつけの医療機関にご相談ください。心の反応であっても、体から整えたほうが早いことがあります。

カウンセリングの扉も、いつでも開いています。

言葉にならないままでも、構いません。
そのままの状態で、お話しください。

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参考

※本ブログは一般的な情報提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。